
ウィステリアハウスの歩みとともに…

ウィステリアハウスの歩みとともに…
ウィステリアハウスの目の前に、「小岩公園」があります。
小岩地区では大きな公園です。…でも、小さいですよ。
小岩は古くから住居が建ちましたので、街としての整備が出来ていません。
学校や、保育園、幼稚園はそれなりに整っていますが、
道路や公園は地区計画を立てて、何年、何十年構想で進めている状況です。
その中で、小岩公園は古くから「確保」できていたもので、テニスコートも整備されて地域の貴重な憩いの場ともなっています。
もちろん、災害時には避難指定場所です。
さて、その公園でイベントがありました。
残念ながら北風が強い1日で、オープンカフェを楽しむ気候ではなかったのですが。
公園の楽しみ方の一つになる予感です。


オープンと同時に長蛇の列!


2月5日。
雪が降りました。ウィステリアハウスの前の緑道も、かなり積もっていましたが、
踏み跡や、自転車の轍跡が見えたので…
雪かきをしました。
正面玄関を彩る鉢植え…寒そうです。


この度は報を受けてたくさんのお悔やみを頂戴いたしました。心より御礼申し上げます。
この場をお借りして、父への思いを記してみます。
藤七(株)は女系家族です。初代藤巻七郎も婿養子。3代目 義彦も同じです。
商家とは縁がない世界からの婿入りは、大変苦労したと聞いています。昭和40年代。藤七は戦後「金の卵」と呼ばれた方々が支えていました。
業種転換をして、さらにその内容にも転換期が訪れた際「藤七を閉じる」といった父に母と私は【待った】✋をかけました。
ウィステリアハウスの構想はまだ雲のようなもので、父にその話はできず、ただただ「休眠」をお願いしました。
「藤七」の名を残したい、と思っていた父。何事も、白黒決めて即実行したい性格ですが、この時は受け入れてくれました。
構想が具体化になってからは、実現に向けて全面協力をしてくれました。そして藤七が再び起きだしたことを確認して逝きました。
『あっぱれ!』
…「なんだ、偉そうに」「お前のそういうところが・・・腹が立つんだ」
苦虫をつぶしたような顔で言うけれど、一人になって微笑むでしょ。私は知ってます・・・!
本当にありがとうございました。お疲れさまでした。どうか見守ってください。頑張ります。